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doux が天使になって3年


日曜日にパソコンが壊れ、10年以上使っていたのと

Windows7を10にバージョンアップして使用してたので

とうとうぶっ壊れました。

それで日曜日に途中まで書いてた記事を先ほどアップしたのです。

そんなわけで、今日は2回更新します。





3年前の 12/19 に doux が天使になって丸3年が経ちました・・・





レスキューされたのが2011年2月6日の未明

初めて会ったのが3月12日で、翌日から我が家で暮らし始めました。

年齢が3~5歳くらいだったので、亡くなった時12歳~14歳?





レスキューされるまでの3~5年間、ケージに閉じ込められ

たぶん半年毎に出産させられ、食事もろくに貰えず、過酷な環境に

いた doux ・・・我が家で過ごした9年9か月は幸せだったと思います。





でも・・・ 12/18 の夜から具合が悪くなり、酸素室に緊急入院し

翌日、挿管と酸素室を繰り返し、息ができずに苦しかったと思います。

生まれてから数年、過酷な環境で過ごし

最期も苦しんで亡くなった doux

病院でわたしたちが見守ってはいたけれど、最期は看取れなかった





パオの最期は不明・doux の最期は1時間前まではそばにいた・・・

葵は全員に看取られ・パニは眠ってると思ってたら、いつの間にか逝った

それぞれの別れは、ほんとうに哀しく切ない・・・





全員それぞれに思い出があり、どの子も可愛くて愛おしい・・・

全員に会いたいけれど・パニ・ doux ・葵・パオの順に会いたいと思う

doux が亡くなって3年もしないうちにパニまで亡くなるなんて・・・





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12年前の doux を思い出す・・・


東日本大震災の次の日、2011年3月12日に doux と

初めて会いました。パオと葵と一緒に・・・





写真や動画では見ていたけれど、実際に会うのは初めてでした。

可愛い~!と思ったのが、もう12年前なんて信じられません・・・





このあと9年9か月少しの日々を doux と過ごしました・・・

この時点で doux が何歳だったのかは分かりません・・・

doux は12~13歳くらいで亡くなったのでしょうか?





パオ(当時11歳7か月)も doux に優しく・・・





葵(当時3歳8か月)とは、いちばん長く過ごしました(9年半少し)


パオと doux


レスキューされてから4回の手術に耐えた doux

我が家にきてからは1回の手術だけでした・・・




たくさんの思い出と幸せをくれた doux


2012年2月5日


レスキューされてから1年後にはこんなに立派になりました。

パオ→ doux →葵




2020年1月1日 doux →パニ→葵

この時、葵は脳腫瘍だったけど、まだまだ元気で

もちろん doux は病気もなく元気だったのに・・・

10/1に葵が・・・12/19に doux までもが亡くなり・・・

葵にも doux にも会いたい気持ちでいっぱいです・・・




今日はパニを連れてお出かけしてましたが、その様子は明日にでも!




今日も元気で無事に過ごせたことに感謝です。




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doux が亡くなって2年


doux が亡くなって2年・・・

いろいろ考えると doux の最期は苦しそうで可哀想だったと思います。




パオの最期はわからないまま・・・

ひとりぽっちで死んでいったパオも可哀想過ぎます。


832666.jpg

葵はしんどかったでしょうが、皆に看取られて幸せだったと思います。

癲癇発作も、発作が起きてるときは意識がないそうですから。



毎日の散歩で、doux のことをよく考えます。

なぜかというと、doux はいつもきまった場所でおしっこをしたり

匂いチェックしたりしたから、その場所でいつも思い出します。




doux は保護犬だったから年齢はわからなかったけど

たぶん?13~14歳で亡くなったと思います。

レスキューされ、我が家にきて9年9か月・・・




パオと2年7か月・葵と9年半・パ二と6年4カ月、過ごしました。

やはり葵といちばん仲が良かったと思います。

葵が亡くなって後を追うように亡くなった doux




今ごろ葵と doux は向こうで仲良くしてるのでしょうか?

そして・・・ときどき帰ってきてるのでしょうか?

いいえ・・・パオ・葵・ doux はいつもそばにいると信じています。



パオを知らないパ二



葵がいなくなって2年2か月少し・・・

doux までいなくなって2年・・・

パ二はさみしいに違いありません・・・




今日も元気で無事に過ごせたことに感謝です。




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11年前 doux と初めて会った記念日


11年前の3月12日は初めて doux と会った記念すべき日です。


前日、東日本大震災が発生、自衛隊の車ばかりの中央道を走り

上信越自動車道の佐久インターで通行止めになっていた

佐久インターを下りて、従姉の別荘に着いたのは0時を

回った3月12日の深夜でした。着いてすぐに、松本で震度5強の地震。

朝まであまり眠れなかったのを覚えています。

12日のお昼に、doux が入院してる動物病院へ。

doux

怖いのか?体をぺちゃ~としてたのが印象的でした。

doux

手足を全部引っ込めてた doux

どうしたらいいかが分からなかったのでしょうね。

doux

レスキューされて、5週間少しの間に4回の手術。

暖かい部屋(一応ケージの中)で食事をもらえたものの

今までとは違う環境になって、どう思っていたのでしょうか?

doux

わたしやパオとかが現れ・・・

doux

この人たち何?って頭が混乱してたでしょうね。

doux

でも、最初から、じっと目を逸らさない doux でした・・・

doux

葵ともご対面

このあと、9年半以上、仲良く過ごしたことになります・・・

doux

そして、葵が亡くなったあと、後を追うように doux が亡くなるなんて

このときには想像もしてなかったです・・・

doux

doux がこのとき何歳だったのか?

doux

このあと、9年9か月少し、我が家にいてくれたのですが・・・

doux""

こうして写真を見ると doux がすごく小さく見えますが

このとき、9.9㌔でした。

doux

12枚の写真は、上から順番に 3月12日12時1分~14分の間に

写した写真です。約15分ほど doux と面会して

その夜が doux が軽井沢の病院で過ごした最後の夜で

翌日、ケージに入れて京都の我が家まで辿り着いたのです。

できることなら、11年前に戻って、もう一度 doux に会いたい。

そして、もう一度 doux と過ごしたい・・・







KFC ( 京都フレブルクラブ ) でしょっちゅう会って遊んでた

おぼちゃんこと梵太君が昨年5月に14歳半で亡くなられてたことを

最近知ったので、お花を送りました。



お花が着いた日に立派な祭壇の写真を送ってくださいました。

おぼちゃん、ほんとに可愛かったなぁ~って懐かしく思い出しました。

最後にお会いしたのが 2017年4月29日




今日、お花のお礼にと、千疋屋のフルーツ羊羹を送って下さいました。

ありがとうございました。

かえって気を遣わせてしまって申し訳なかったです。

左は姪っ子が送ってくれたパ二のサプリ。

免疫力が上がるサプリで、16歳のわんちゃんがこのサプリを飲んで

生理がきて、白内障が治り、体毛がふさふさになったとか!?






今日のパニも散歩やお出かけして元気そのものでしたが

長くなるので、また明日にでも・・・




今日も元気で無事に過ごせたことに感謝です。




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douxとお別れしてちょうど一年・・・


douxとお別れしてちょうど一年・・・

毎日douxのことを考えない日はない・・・

最期、苦しかっただろうと思うと涙があふれます・・・



douxは保護犬だったので、生い立ちや育った環境は定かではなく

冷暖房のない部屋でケージに入れられっぱなしで

ろくに食事ももらえず、半年毎に子どもを産まされていたと想像。

無麻酔で帝王切開をされてた可能性もあり

ほんとうに劣悪な環境で3~4年過ごしていたと思われます。



レスキューされ約5週間の間に4回も手術をして、我が家に来たのです。

douxはその間、どのように思っていたのだろうと考えます。

我が家にきてからは、幸せだったはずと思います。



我が家に来てから9年9か月・・・

線維腫様エプーリス の手術以外

たいした病気もせず元気に過ごしていました。

douxは劣悪な環境にいたから根っから丈夫で、老衰で亡くなるかも。

と呑気に考えていました。葵のこともありdouxの病気に気づかず

気づいたときには重度の肺高血圧症。

それでも医師の指示通りしていれば、まだまだ元気でいてくれると

思い込んでいました。病気判明から一か月後に亡くなるなんて。

それも苦しんで・・・(息が出来ないってすごく苦しいと思います)



亡くなる前夜は救急病院の酸素室の中だったし様子は分からないけど

救急で行ったときも、翌朝に迎えに行ったときも、ぐったりしていたし

いつもの病院に着いてからは、挿管をくり返し・・・

ほんとうに苦しそうなdouxでした。

わたしたちの呼びかけは聞こえていたでしょうが

相当、苦しかったに違いありません。

doux

生まれてからレスキューされるまで

過酷な日々を送っていたdouxだと思うから

最期は眠るように安らかに亡くなってほしかった・・・

古くはノア・パオはどんな最期だったか今も分からないままだから。

まだdouxはわたしたちが最期は見守れたから(苦しんでたけど)

よしとしなければいけないのかも知れませんね。

doux

douxを思い出してばかりの毎日・・・

それほど存在感があり、かけがえのない存在だったdoux

そんなことはないけれど・・・戻ってきてくれたら・・・

どんなに嬉しいことか。  douxに会いたい・・・

doux~パ二を守ってね! 肛門周囲腺腫でありますように・・・




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