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☆最期の迎え方その2☆


昨日のつづきです。

ペーが亡くなって6年後にプーが亡くなり

5か月後にムクが亡くなりました・・・


次は黒パグのノアでした・・・可哀想な最期でした・・・
ノア
2008年5月22日に歯槽膿漏の手術前に亡くなったノア

多頭飼い割引をしてくれるF動物病院と

もうひとつのH動物病院(今の病院)と使い分けしてました。

ほんとうは今のH病院で手術をお願いしたかったのですが

命に別状がある急ぐ手術でないため、だいぶ先しか空いてなかったので

F病院でしてもらうことにしたのです。

ムクもみゅうみゅうも同じ手術をして大丈夫だったので。

ただ、何かを察したのか?ノアが病院へ入った途端に震えだしたのです。

このときに止めて帰ればよかったのでしょうね。

14時ごろに携帯が鳴りました。

嫌な予感がして出ると、ノアが心配停止だとのこと。

急いで病院に駆けつけました。

ノアはまだ温かく、今にも起きてきそうでした。

泣きながらノアを抱いて家に帰りました。

娘たちが、おかしい。と言い、夜に説明を受けに行きましたが

手術前にちゃんと検査もした。の一点張り。

夫婦だけの小さな病院ですから、それ以上はどうしようもなかったです。

たぶん、麻酔のミスだと思います。

それ以外に考えられないのです・・・


その次が黒パグのベティ。
ベティ
ペーの子であり、ノアとみゅうみゅうの母。

2009年2月24日に14歳9か月と22日で亡くなりました。

前年の10月に角膜腫瘍になり、目が全く見えなくなり、

亡くなる1か月前には子宮蓄膿症の手術をしてました。

痴呆が酷くなり、毎晩夜鳴きをするようになり、最期を迎えました。


その次がパグのみゅうみゅう。

2010年11月15日の朝に急に具合が悪くなり

病院へ着く1~2分前に車中で息を引き取りました。

病院に着き、主治医がすぐに処置をしてくれましたが

息を吹き返すことなく、最期を迎えました。

みゅうみゅう
突然死だったみゅうみゅう。

前日、宝ヶ池公園に行き、ジョギングしてた大学生の男の子の

膝の上に乗り、いっぱいなでなでしてもらって満足そうでした。

あまりにもあっけない最期でしたが、幸せだったと思います。

母ベティと姉妹ノアと一緒に暮らし、苦しまずに亡くなったのですから。

12歳8か月と18日でした。


その次がパオ。

パオのことは未だに悔やんでいます。

知らない初めての病院に預けてしまった自分自身を責め続けましたが

今は生きてたら21歳を過ぎてるので

いくらなんでもそこまでは生きられなかったでしょうし

諦めの境地に入りました。

パオ
14歳2か月。

パオのことは、もうあまり語りたくない・・・

いまでも・・・可哀想な最期を迎えさせてしまったと悔やんでいます。


みゅうみゅうとパオも月曜日に最期を迎えました。

ペー、プー、ムク、みゅうみゅう、パオと5頭も月曜日だなんて・・・

不思議でなりません・・・


葵が昨年の10月に脳腫瘍と判明してから

来月で一年になろうとしています。
葵
こんなに長く闘病してる犬は初めてです。

葵は果たして幸せなのか?と考えることがあります。

一日中うろうろと徘徊して、食べることと水を飲むことしか楽しみがなく

左眼眼球摘出手術をしてからは痛みからは解放されてますが

日中はトイレの失敗が大変なので、おむつを穿かされ

水の飲みすぎて、常に顎の下はびしょびしょで、黒ずんできて

doux やパ二とも遊べず、散歩も行けず・・・

いくら痛みはなくても、どこか鬱陶しいか、体が怠いか

何かは違うと思うのです。

だって脳腫瘍なんですから、気分爽快ってことはないでしょ。

発作の前後はきっと辛いと思います。


このままの状態がいつまでつづくのかも疑問です。

でも考えてもどうしようもないのですから

そのとき、そのときで、いちばん良い方法を考えていくしかないですね。


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